中東かわら版

№85 トルコ:ナゴルノ・カラバフでのアルメニア・アゼルバイジャン軍事衝突へのトルコ側反応

  

 2020年9月27日、アルメニアの占領下にある、アゼルバイジャン領内のナゴルノ・カラバフ地域で両国軍による大規模な軍事衝突が発生した。この衝突により今日までに民間人を含む多数の死傷者が発生する事態となっている。

 軍事衝突開始直後からアルメニア・アゼルバイジャン両国はプロパガンダ合戦を繰り広げている。アルメニア側は、トルコがシリアのジハーディストや傭兵をアゼルバイジャンに送り込み、ドローン等の武器も提供している(トルコは全面否定)、と欧米メディアを巻き込んで盛んに喧伝している。アゼルバイジャンも、アルメニアが外国人戦闘員を傭兵として使っていると述べる等、双方の主張は真っ向から対立している。

 10月4日、アゼルバイジャン国防省は、アルメニア軍がアゼルバイジャン第二の都市ギャンジャを攻撃し、少なくとも民間人1名が死亡したと発表した。地元メディアは、同攻撃で負傷者も多数発生したと報じている。同国防省は、アルメニアが密集した住宅地に対してロケット弾や重火器を用いた攻撃を実施した結果、民間人、インフラ設備および、古代の歴史的建造物が被害を受けたとした。ハサノフ国防相は、アルメニアによるアゼルバイジャン領土への砲撃は「挑発的であり、敵対行為の領域を拡大している。アルメニアに対して適切な措置を講じることを改めて警告する」と述べ、強く非難した。しかし、アゼルバイジャン側による、ナゴルノ・カラバフの中心都市(首都)のステパナケルト(アゼルバイジャン語:ハンケンディ)への攻撃で、アルメニア人住民にも被害が出ており民間人を巻き込んだ暴力の応酬に発展している。

 アゼルバイジャンと民族的に近いトルコは、9月27日の軍事衝突発生直後からアゼルバイジャン全面支持を表明している。エルドアン大統領は、「(アルメニアによる)カラバフの占領から始まった地域の危機に終止符を打たなければならない。私はアゼルバイジャンを攻撃したアルメニアを非難する。この地域に影響力のある全ての国が現実的かつ公正な解決策を取り入れる機会を提供している。この機会が最大限に活用されることを期待している」と述べ、アルメニアに対しアゼルバイジャン領土の占領を直ちに終わらせ、域内の平和を再び戻すよう呼びかけた。

 9月28日、トルコの主要政党のうち、クルド系の人民の民主主義党(HDP)を除いた与野党は、アルメニアによるアゼルバイジャンへの軍事攻撃を非難する、との共同声明を採択した。同声明において「我々は、アゼルバイジャンの民間人居住区及び兵士を標的とした、アルメニア軍による重火器を用いた攻撃を強く非難する。これは、カラバフにおける停戦と国際法に違反している。トルコはアゼルバイジャン国民と領土の完全性確保のため、国際法に沿った自衛権の行使を支持する。トルコは国連安全保障理事会および、欧州安全保障協力機構(OSCE)の決議に沿って、占領終結のための平和的解決への支持を再確認した。アルメニアによる占領と無謀な攻撃に苦しんでいるアゼルバイジャンを支持するよう国際社会に呼びかける」と表明した。

 一方のアルメニアは、独立国家共同体(CIS)の安全保障に基づき集団的自衛権の行使をロシアに求めたが、ロシア側はOSCEミンスク・グループに委ねるべきだと応答した。

 10月2日、OSCEミンスク・グループの共同議長国である米国、ロシア、フランスは、戦闘の即時停止を呼びかけた。これに対しアルメニアは応じる姿勢を示したが、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフからのアルメニア軍撤退を停戦条件として要求しており、未だ先行きは不透明な状況にある。

 

評価

 

 今般の軍事衝突に関する各国の報道によると、衝突が始まったのは27日未明である。アゼルバイジャンは同日午後に反撃を開始したと発表し、今次衝突はアルメニアの先制攻撃によるものだと主張している。

 アルメニアは2018年5月の「ビロード革命」で現在のパシニアン首相が政権を獲得して以降、当初はアゼルバイジャンとの直接交渉に熱心だったが、2019年にはナゴルノ・カラバフを訪問、同地域とアルメニアとの一体性を打ち出す等、挑発的な発言が目立っている。2020年7月以降は断続的に小競り合いが発生しており、今般の国境地域への攻撃もその延長線上にあるとみられるが、アゼルバイジャン側が総力を挙げて反撃に出たのは誤算だったといえるだろう。そこでアルメニアはアゼルバイジャンと関係が深く、アルメニアと対立するトルコの関与を強調し国際社会の注目をトルコに向けようとしているが、ロシアが目立った反応を示していない。

 国際社会は、アゼルバイジャンを支援するトルコによる軍事介入の懸念を強めているが、現時点でトルコが国軍を派遣する可能性は低いと考えられる。その理由は以下のとおり。

 第一に、アルメニアには5000人規模のロシア軍が駐留しており、トルコはロシアからS-400ミサイル防衛システムの運用を目前に控えている。このタイミングでトルコがロシアを苛立たせることはできない。

 第二に、現在トルコは、東地中海のガス田開発をめぐり、隣国ギリシャと激しく対立している。また、シリア北部からの人民防衛隊(YPG)・クルディスタン労働者党(PKK)排除、リビア内戦での暫定政権側への支援などもあり、新たな問題に介入するには財政的負担と外交関係の上で合理性がない。

 第三に、ナゴルノ・カラバフにトルコが介入すれば、アルメニアは、第一次世界大戦中の「アルメニア人虐殺」問題を持ち出すことは確実で、現状トルコがそのリスクを冒す理由はない。特にアルメニアロビーが強く、ギリシャとともにトルコ批判の急先鋒に立つフランスや、大統領選挙を間近に控える米国を中心に、国際的なトルコ批判が一層高まることをトルコは承知している。

 第四に、経済問題が挙げられる。トルコは域内情勢の不安定化とエルドアン大統領の強権的な政権運営への懸念からトルコリラが続落し、経済が低迷していたところに、新型コロナウイルスが発生した。トルコの感染者数は中東地域でイラン、イラク、サウジに次いで4番目に多く、感染の抑え込みと経済活動再開の狭間で苦戦する状況が続いている。インフレや失業率の高止まりによって、国民の間でも政府の経済政策への不満が出ており、経済の立て直しが急務となっている。

 トルコとアゼルバイジャンの間には、包括的安全保障協定があり、アゼルバイジャンが劣勢となった場合には軍事支援を行う可能性を否定できないが、上述の通り、現時点でその可能性は低い。アルメニア側は国際社会に支援を訴えるも、現状では捗々しい進展は見られない。今時衝突も、もとは30年前のナゴルノ・カラバフ紛争の結果、アルメニアがナゴルノ・カラバフ及びその周辺地域を違法に占領したことに起因している。アゼルバイジャンは占領状態からの回復が停戦の必須条件としており、トルコもそれを支持している。ミンスク・グループが実効性のある停戦案を提示できるかどうかが、戦闘の長期化を抑止できるかどうかの鍵となっている。                                                                                                                                                       

(研究員 金子 真夕)

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