中東かわら版

№135 「イスラーム国」の生態:外部からの資金流入経路

 12月6日付の『ハヤート』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、「イスラーム国」の経理担当者アブー・ヤーシルなる人物がイラク中央刑事裁判所に対して行った証言として、要旨以下のとおり報じた。なお同氏はイラク当局によりシリアとの国境近辺で拘束された。

  • ヤーシルはバグダーディーに忠誠を誓った後、幼少期のケガを理由に経理の仕事に就いた。そこでの業務は保証金と位置づけられる月給を戦闘員に分配すること、「イスラーム国」の支出目録を作成した後、これを活動に必要な金額と共にアレッポ州にいる経理責任者に通知することであった。
  • 「イスラーム国」は海外からの資金調達において様々な組織や個人に依存している。同派の運営や戦闘に必要な資金を様々な国から安全に調達するにあたり、個人の経済活動を利用する必要があった。
  • ヤーシルは、テロリストによる厳戒な警備の下でトルコから物品を無料で搬入し、販売して(場所は不明)生じた利益を資金源として「イスラーム国」に送付した。調達から販売を引き受ける代わりに、販売利益の一部を獲得した。物品の搬入・販売により資金を獲得していく活動は2015年初頭から増加した。
  • フランス、ノルウェー、ロシア、スイス、ボスニア、デンマーク、トルクメニスタン、トルコ、カタル、サウジアラビア、エジプトの様々な機関や個人から巨額の資金が複数回に亘り届いたが、全て物品に変えられた後マンビジュにあるヤーシルの親類の家に輸送され、(占拠地域内で)流通・販売された。
  • ヤーシルは、マンビジュの運営責任者になった後、イラクのニーナワー州に資金を輸送する任を担っていた。
  • 匿名の専門家は「「イスラーム国」はイラクにおける占拠地域の縮小、同派の支持者が判明し彼らが援助を停止するようになったことで、収入が半減した。しかし、過去2年間で石油を市場外で販売し、その利益を高い利率の国際銀行の個人口座に預金していることから、「イスラーム国」は厳しい財政危機に陥ってはいない」と述べた。

評価

 今回の事例だけで「イスラーム国」の資金の流れを全て把握することは難しいが、少なくとも以下の2点は注目に値するだろう。

 第1に、世界の様々な地域から「イスラーム国」の占拠地域に直接資金が流入するわけではないことである。資金は、おそらく①トルコなどの近隣諸国、②シリアやイラク領内、③シリア、イラクにある同派の占拠地域内で物品に変えられていると思われる。それから①占拠地域内か②それ以外の地域で流通・販売される。販売相手も判然としないが、とにかくその販売利益が「イスラーム国」の資金源になっている模様である。どこの地点で金銭が物品に変わるかで「イスラーム国」対策としてどの様な措置が有効かが窺えるが、今回の記事では明示的ではない。しかし、トルコから物品を輸送したとの証言から、同国を物品調達地の一つと見ることは可能である。

 一方、敢えて金銭を物品に変える背景には、占拠地域内における物品に対する需要があるだろう。食品など生活必需品の一般的な需要があるのは当然のこととして、スナックやジュースなどの嗜好品としての外国製品の需要は「イスラーム国」の外国人戦闘員の間で高いとされる。さらに商いを通じた地元民との交わりや信頼獲得の試みも、金銭を物品に変える背景にあるだろう。

 第2に今回の記事で取り上げられた経理担当者は仕事の見返りとして販売利益の一部を獲得している模様である。このことから、「イスラーム国」の傘下にいる人間といえど、主義主張やイデオロギーなどによる感化・共鳴と同等かそれ以上に重要なのが金銭的なつながりかと思われる。

 以上の2点を踏まえると、「イスラーム国」のモノやカネを占拠地域内に運び込むネットワークの末端(=外部との接点)には、少なくとも金銭を軸に同派と繋がる個人がいるといえる。「イスラーム国」の関与者には明らかに主義主張に共鳴し戦闘などを目的にイラクやシリアに潜入する者のほかに、金銭やその他の事情により「イスラーム国」と関係を持たざるを得ない者など様々な主体がいることがわかる。このことを「イスラーム国」対策の文脈で考えるならば、後者の様々な主体を「イスラーム国」から離間することが有効な対策として考えられるだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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