中東かわら版

№71 イスラーム過激派:ドイツでの列車襲撃事件

 2016年7月19日、「イスラーム国」の自称報道機関の「アアマーク」と「バヤーンラジオ」は各々ドイツの列車内での襲撃事件を「イスラーム国」の兵士の作戦であると主張した。「報道」の内容は以下の通り。なおこの事件については、実行犯が自ら撮影したと思われる出撃前の演説の動画を「アアマーク」が発表したほか、「イスラーム国」の自称週刊ニュース誌「ナバウ」39号が14日のニースでの轢殺事件と今般の事件についての記事を掲載している。

画像1:「アアマーク」の「報道」

治安消息筋、アアマーク通信に対し以下の通り述べる:ドイツでの刺殺事件の実行者は、イスラーム国の戦闘員の一人である。同人は、イスラーム国と戦う同盟国の国民を攻撃するようにとの呼びかけに応えて作戦を実行した。

評価

 ドイツでの襲撃事件については、「アアマーク」が実行犯の出撃前演説の動画を発表しており、7月16日のニースでの事件や6月のオーランドでの事件と比べれば実行犯と「アアマーク」との関係は深いといえる。しかし、携帯端末やSNSの発達により動画の撮影や受け渡しが非常に容易になっていることに鑑みれば、実行犯と「アアマーク」との間に特に濃密な接触は必要ないだろう。また、今般の事件についての「アアマーク」の「報道」(画像1)と16日に発信されたニースでの事件についての「報道」(画像2)を比較すればわかる通り、日付と固有名詞の部分の数語を入れ替える程度のごくわずかな労力で次々に「報道」を発信できる形式となっている。つまり、「アアマーク」など「イスラーム国」の自称報道機関は、世界各地で発生するムスリムが犯人・容疑者となる様々な事件のうち、反響の大きいもの、自らにとって都合のよいものを任意で選択し、事後的に「イスラーム国」の兵士なり戦闘員として「認定」するだけでよいことになる。6月~7月の諸般の事件と、それに関する「イスラーム国」の自称報道機関の動きは、本質的には「イスラーム国」と無関係な事件を自派の戦果として取り込み、「イスラーム国」の勢力や影響力が「世界に拡大」しているかのように装うという、これらの機関の機能を際立たせたといえよう。

画像2:ニースでの轢殺事件についての「アアマーク」の「報道」

 なお、画像2の文書には、関係代名詞とその先行詞の関係というアラビア語の文法上の初歩的なミスがあったが、画像1ではその箇所が修正されている。このようなミスや修正は、自称とはいえ「報道機関」としての技量が問われる点であろうし、何よりも「正しいアラビア語」で表現する能力が個人や組織の信頼性を判断する規準ともなりうるイスラーム過激派の世界においては重大な誤りのようにも思われる。要するに、「イスラーム国」の自称報道機関が発信する情報の取り扱いは、それらがプロパガンダに過ぎないことを前提に、「イスラーム国」の構造や能力、個々の機関の機能など実態解明に資する考察や分析の対象として扱うのが適当と思われる。今般の事件や、6月のパリでの警察官殺人事件のように「アアマーク」に実行犯が撮影した動画が渡っている事例についても、単に「イスラーム国」が「犯行声明」を発表したものとして受容するよりも、いつ、どのようにして「アアマーク」に動画が渡ったのかについてより関心が払われるべきであろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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