中東かわら版

№57 レバノン:ヒズブッラーの財務状況

 2016年6月29日付の『シャルク・ル・アウサト』紙は、反ヒズブッラーの立場をとる消息筋などを主な情報源としてヒズブッラーの財源や資金の調達などについて要旨以下の通り報じた。

  • ヒズブッラーの資金源は、世界の金融システムの外部で営まれている一方様々な形で世界の金融システムを利用している。
  • ヒズブッラーの財政は現金決済で運営されており、資金は段ボール箱でやり取りされている。このような運営は、2006年のイスラエルによるレバノン攻撃の被災者らへの支払いのころから見られるものである。
  • アメリカは、自国内だけでなく南米やアフリカのようなレバノン人が活動している地域を監視する機関を設けている。ヒズブッラーはタバコや商品の密輸・麻薬取り引き・資金洗浄などの違法な商業活動、商品や中古車の取り引きなど様々な活動を通じて資金を調達している。
  • ヒズブッラーが現れた1982年以来(注:「ヒズブッラー」として綱領を発表して名乗りを上げるのは1985年)、イランから資金提供を受けてきた。しかし、イランからの資金はイラン政府を通じてではなく、イランのハーメネイー最高指導者の事務所に寄せられる信徒からの五分の一税、喜捨などから提供されてきた。
  • ヒズブッラーの年間予算は、2005年ごろまでは2億ドル程度だったが、2006年以降は約8億5000万ドルに拡大した。予算の使途の中には、8万人に上る関連団体職員への給与の支払い、「殉教者機構」、「負傷者機構」などを通じた社会支援活動、「マナール」など報道機関の運営がある。なお、ヒズブッラー関連団体が雇用する者の数は、レバノンでは政府の公務員の数に次ぐ規模である。シリア紛争に参入した後、ヒズブッラーの予算はイランの革命防衛隊と統合されて無制限になった。武器弾薬の調達も革命防衛隊と一体となって行っているためヒズブッラー単独の予算は存在しない。
  • ヒズブッラーはレバノン国内の社会・文化事業を通じて資金を調達しているほか、在外のレバノン人の実業家の事業に参画して収益を得ている。反ヒズブッラーの立場をとる研究機関の代表は、この状況を「シーア派の経済活動がヒズブッラーに囚われた」と論評した。

 

評価

 ヒズブッラーは、イスラエルに対する抵抗運動を担う武装勢力であると共に、レバノンの国会などで議席を持つ合法的な政党であり、さらにはレバノン内外で様々な事業を営む組織の総体である。近年、シリア紛争にシリア政府側で参戦し組織の変質や資金や人材の消耗が取り沙汰されている。さらにはアメリカがヒズブッラーの資金源を絶つべく制裁を強化し、これへの対応がレバノンの銀行業界の課題ともなっている。そうした中、今般の記事のようなヒズブッラーの資金源についての情報は、かねてから噂レベルで知られていた情報を整理する上で有用であろう。

ただし、出資者がサウジの王族であるという『シャルク・ル・アウサト』の性質上、記事の内容はサウジが展開する反イラン・反シーア派キャンペーンの一端をなすものともいえるため、原文にはヒズブッラーとの名称が出るたびにわざわざ「いわゆるヒズブッラー」と表記するなど記事の内容を分析の材料として用いるのに留保が必要である。また、この記事に限らず、サウジなどの報道や政府の見解はヒズブッラーの存在や行動様式を全て「シーア派」、「イラン」という視点で認識しており、これを無批判に受容することはヒズブッラーの実態に限らず、中東地域の政情や国際関係への見方を歪ませることとなるだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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