中東かわら版

№16 イスラエル:ゴラン高原で閣議を開催

 2016年4月17日、イスラエルのネタニヤフ首相は、シリアと領土問題を抱えているゴラン高原で初めての閣議を開催した。同閣議で、ネタニヤフ首相は、ゴラン高原は永久にイスラエルの主権下に留まると述べた。翌4月18日、米国務省報道官は、イスラエルによるゴラン高原の併合を認めないとする米国の立場に変更はないと改めて表明した。ネタニヤフ首相は、2015年11月に米国を訪問してオバマ大統領と会談した際にも、シリアの状況が変化したとしてイスラエルによるゴラン高原併合を認めるよう要請したが、米国側が拒否したと報道されている。

 

評価

 イスラエルのゴラン高原併合については、国際的な支持はまったくない。今回の閣議開催で、そうした流れが変わる可能性もない。今回も、米国、EUなどが閣議直後にゴラン高原併合に反対であることを改めて表明している。そのためネタニヤフ首相が行なったのは、国内の支持者向けのパフォーマンスだったと見ることができる。他方、外交的な思惑があるとすれば、シリア紛争をめぐる停戦協議を行なっている諸国に対して、イスラエルの存在を誇示するためかもしれない。

 イスラエルはシリア内戦には不干渉の立場を取っている。また「イスラーム国」(IS)がシリア及びイラクでの支配地域を確立・拡大した後、欧米及び湾岸有志国がISへの空爆を開始したが、この有志連合にイスラエルが加わることはそもそも期待されていない。そのためシリアでの戦闘が激化しても、あるいは逆に停戦実施や和平成立の可能性が高まっても、イスラエルはシリア紛争について、自分の立場を主張する政治的足場がない。ネタニヤフ首相は、4月16日にシリア紛争の停戦について米国のケリー国務長官と電話で協議した。ネタニヤフ首相は、シリアでの外交的和平達成を支持するが、イスラエルの安全保障が犠牲になることに反対する立場を伝えたと報道されている。シリアでの停戦合意案の中に、ゴラン高原への言及があり、ゴラン高原からイスラエルの撤退を求めるとした文言が入るかもしれないとの報道もある。ネタニヤフ首相がゴラン高原で閣議を開催したのは、こうした動きを牽制するためかもしれない。イスラエルのシリア紛争に対する立場は、3月16日、リブリン大統領がロシアを訪問してプーチン大統領と会談した際に表明されている。この時、リブリン大統領は、シリア紛争に対するイスラエル側のレッド・ラインとして、(1)シリア南部にイラン革命防衛隊が存在しないこと、(2)シリアがヒズブッラーに新しい武器を供与しないこと、(3)ゴラン高原はイスラエル領であること、を伝えたと報道されている。

  イランは、アサド政権を支援するために革命防衛隊をシリアに派遣した。その結果、シリアで、イスラエル軍と革命防衛隊が直接接触する可能性が増大している。2015年1月中旬、イスラエル軍はゴラン高原の休戦ライン沿いのシリア側クネイトラ地区で活動するヒズブッラーの車列を攻撃した。同車列には、ヒズブッラーの現地司令官と共にイラン革命防衛隊の将官が乗っており、イスラエル軍の攻撃で死亡している。この時、イスラエル側は、ヒズブッラー部隊を攻撃したが、イラン革命防衛隊隊員がいたことは知らなかったと弁明している。今後、イスラエルがシリア領内を空爆する際、ヒズブッラーと一緒に活動する革命防衛隊を誤って攻撃する可能性は常に存在する。イランの脅威については警戒心をあらわにしているイスラエルであるが、イランとの不用意な直接衝突は避けたいだろう。また革命防衛隊の部隊が、シリア南部に駐留することをイスラエル軍は警戒し、そうなることを回避したいと考えているようだ。

 イスラエル軍とヒズブッラー間の戦闘は散発的に発生しているが、双方とも、過度に事態を緊張させることは望んでいないといわれている。ただ ヒズブッラーの保有するミサイルは、イスラエルにとっての明確な戦略的脅威である。ヒズブッラーへの武器供与を実力で阻止するだけでなく、機会があれば、イスラエル軍が南レバノンに侵攻して備蓄されたミサイルを破壊する可能性は常にあることは頭に入れておくべきだろう。

(中島主席研究員 中島 勇)

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