中東かわら版

№177 チュニジア:ベン・ガルダーンの軍・治安部隊を武装勢力が攻撃

 3月7日早朝、リビアと国境を接するメドニーン県ベン・ガルダーンで、武装勢力が軍・国家警備隊・警察の施設をそれぞれ襲撃する事件が発生した。軍・治安部隊と武装勢力との銃撃戦、その後のベン・ガルダーンにおける武装勢力に対する掃討作戦により、武装勢力35人、兵士・国家警備隊員・警官ら18人が死亡、民間人にも数名の死傷者が出た。

 事件後、大統領、首相、国防相、内相による緊急会議が開かれ、ベン・ガルダーンには夜間外出禁止令(午後7時~午前9時)が発出された。なお、2015年11月25日にチュニスで大統領警備隊のバスが爆破された事件が発生して以来、現在も全土に非常事態が発令されている。

 シブシー大統領は今回の事件を「これまでになく組織的で事前に計画されたテロ攻撃」であるとし、攻撃の目的は、「イスラーム国」がチュニジア南部に「首長国」(「イスラーム国」の支配地域)をつくることであったと述べた。シード首相も事件を「イスラーム国」による支配地域確保を目的としたテロ攻撃であると非難し、ベン・ガルダーンの市民に向けて、軍による大規模なテロリスト掃討作戦を支持するよう呼びかけた。またシブシー大統領は、テロリストによる脅威が更に増大した場合は、国家的緊急事態における大統領権限の特例的拡大を認めた憲法第80条の適用を検討するとも述べた。

評価

 今回の事件は、第一義的には、リビア情勢の悪化によって、チュニジア・リビア国境での武器・生活物資・食料の密輸やヒトの不法越境が活発化した結果の出来事と理解できる。ベン・ガルダーンはリビア国境からわずか30kmの距離に位置し、密輸業者やこれと協力関係にあるイスラーム過激派の活発な活動が確認されている場所である。チュニジア当局は、密輸業者の摘発や国境における塹壕の建設などを通じて不法越境活動の取締りを強化しており、特にリビアからチュニジアへのイスラーム過激派の侵入を治安上の最大の脅威ととらえている。2015年中にチュニスやスーサで起きたテロ事件の実行犯(イスラーム過激派)はリビアのサブラータ(国境から約50km)で軍事訓練を受けた可能性が高く、そこはリビアの「イスラーム国」勢力の重要拠点とされる。米軍は2月半ばにサブラータにある「イスラーム国」の軍事訓練拠点を空爆し、50人が死亡したが、死者の大半がチュニジア人であったという。また、2月23日にはサブラータで「イスラーム国」勢力と地元民兵組織が交戦している。今回の事件について、イスラーム過激派を含むいかなる武装勢力からも犯行声明は出されていないが、国境地域におけるこれまでの治安情勢に鑑み、イスラーム過激派が関与している可能性は高い。したがって、チュニジアにおける武装勢力の活動が抑制されるためには、リビア内戦の終結と国家機能の再建が必要不可欠である。

 同時に指摘すべきことは、チュニジア国内にも武装勢力、特にイスラーム過激派の活動を促進する要因が存在することである。2011年以降、国民の間には失業問題や低い賃金に対する不満が蓄積しており、これを解決できない既存の政治過程への幻滅が生まれている。この幻滅を最も強く共有する若者層において、一部がジハード主義という暴力路線に傾倒し、チュニジア国内で暴力事件を起こしたり、シリアのイスラーム過激派に参加したりしている。政府は失業率の高い中・南部地域の開発・雇用創出政策を打ち出したが、成果が出るまでには数年を要するだろう。

 今後、政府は大規模な掃討作戦を遂行すると考えられる。この過程で、多数の容疑者の逮捕や尋問が行われ、場合によっては拷問も行われるだろう。政府に対する抗議やストライキは、テロリストによる治安撹乱に利用される恐れから規制や弾圧の対象となる可能性もあり、短中期的に人権をめぐる状況は悪化すると思われる。また、リビア情勢の収束は目途が立っておらず、チュニジア国内の治安もしばらくは不安定要素を抱えたままとなるだろう。

(研究員 金谷 美紗)

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