中東かわら版

№152 リビア:リビアにおける「イスラーム国」の脅威の実態

 1月7日午前8時頃(現地時間)、西部ズリテンの警察訓練基地に侵入した車両が爆発し、警官ら47人が死亡、118人が負傷した。死傷者が搬送された病院の情報筋によれば、死者は60人以上にのぼるという。その後、中部沿岸地域のラアス・ラヌーフで石油施設警備隊が管轄する検問所でも車両が爆発し、7人が死亡、11人が負傷した。同日、2つの事件につき、「イスラーム国 トリポリ州」と「同 バルカ州」を名乗る組織がそれぞれ犯行を認め、「背教軍兵士」に対する殉教作戦(自爆攻撃)であったことを発表した。特にズリテンでの事件は革命以降の内戦において最大規模の自爆攻撃であり、国内外に衝撃が走った。

 東西政府がリビアの統治権争いを続けるリビア内戦において、「イスラーム国」勢力は東西政府どちらにとっても脅威となっている。その理由として、カリフ制の統治をリビアにも拡大すると宣言し、武力によって占拠地域を拡大していること、また同勢力が中部沿岸地域の石油施設のある町(シルト、シドラ、ラアス・ラヌーフ)に勢力を拡大しつつあることがある。

 他方、沿岸地域が「イスラーム国」勢力によって支配されることで、リビアから欧州への海路による不法移民の流れにイスラーム過激派が紛れ込み、欧州本土での軍事作戦の可能性が高まるのではないかという懸念も、一部で語られている。この議論は、2015年初頭に「イスラーム国」支持者とされる人物が自身のブログで「リビアは欧州への戦略的入り口である」とする論考を公開したために、一部の過激派研究者や欧米メディアによって語られるようになった。

 

評価

 たしかに、リビアの「イスラーム国」勢力とイラク・シリアの「イスラーム国」は共通点がある。軽・重火器を用いて占拠地域を拡大し、不満分子を処刑する。占拠域内に複数の州を作って地元住民を「統治」し、対外的にはカリフ制による統治の様子を宣伝したり外国人ムスリムの移住(ヒジュラ)を呼びかけている。こうした共通点が、外部の観察者に、リビアの「イスラーム国」勢力もイラク・シリアの本体組織と同様に広範囲な領土の実効支配を確立するのではないかという懸念や、イラク・シリアとリビアの組織的連携の可能性、欧州に進出して軍事作戦を実行する可能性を想起させていると思われる。

 しかし、リビアの「イスラーム国」勢力に関しては、支配地域の拡大も欧州への乗り込みもきわめて可能性が低いと考えられる。まず支配地域の拡大については、イラク・シリアとは異なり、リビアでは宗派対立(スンナ/シーア/その他)の扇動による動員が難しいため、自ずとリビアの「イスラーム国」勢力の支持者・戦闘員を動員する能力にも限界がある。リビアではほぼ全ての住民がスンナ派であり、地域的・部族的紐帯が強い社会である。民兵もイスラーム過激派もこの紐帯にしたがって組織されている。こうした社会において、国境を無視したウンマの団結をうったえる「イスラーム国」勢力は異質な存在である。また同勢力は自爆攻撃において外国人戦闘員(チュニジア人、スーダン人など)を自爆要員に使っていることから、組織内にリビア人を上位とし外国人を下位とするヒエラルキーが存在することが推測される。そのような組織ではヒエラルキー維持のために外国人戦闘員への特別処置が必要であり、内部対立が容易に生じることが予想される。

 また欧州に進出する可能性についても、リビアの「イスラーム国」勢力の行動様式から否定できる。彼らはリビアの「イスラーム国」領域として「トリポリ州」「バルカ州」「フェッザーン州」を名乗っているが、これらの地理的区分はリビアの歴史的な地理区分であるトリポリタニア、キレナイカ(アラビア語で「バルカ」)、フェッザーンと全く重なっており、彼らがリビアという国土のなかで活動する意図を有することが見てとれる。また、「イスラーム国」勢力と東西政府やその他イスラーム過激派との戦闘過程から、同勢力は石油資源の獲得を目指していると考えられる。石油資源を原資として領域的支配を実現したいのだろう。そうであれば、彼らが欧州へ踏み出して軍事作戦を実行する理由は見当たらない。したがって、「イスラーム国」勢力は本質的にも行動様式からもリビア国内で活動することを目的とし、当面は対外的な拡張を目指してはいないと考えられる。

 以上から、リビアの「イスラーム国」勢力について、イラク・シリアのように劇的に支配地域が拡大することは考えにくいが、沿岸地域や内陸部の石油施設が占拠される可能性はありうる。これを防ぐためにも、一刻も早く東西政府の分裂状態が解消され、統一政府のもとで過激派掃討作戦が実施されなくてはならない。

(イスラーム過激派モニター班)

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