中東かわら版

№144 サウジアラビア・イラン:国交の断絶

 2016年1月3日夜、サウジアラビアのジュベイル外相は、同日に在イランのサウジ大使館が暴徒の襲撃を受けたことを主な理由として、イランとの外交関係を断絶することを発表した。イランに駐在する自国の外交官の召還とともに、サウジに駐在するイラン外交官に対して48時間以内の国外退去を命じた。

 ことの発端となったのは、1月2日にサウジ内務省が、東部州出身のシーア派高位聖職者ニムル・バーキル・ニムル師を含む47人の死刑執行を公表したことである。内務省の発表によると、47人はいずれもテロ活動に従事した罪で死刑判決が下されていた者であり、大半は2003年から2006年にかけてサウジ国内でテロを起こしたアル=カーイダ関係者である。ニムル師は、2011年に東部州で発生した抗議活動を扇動した容疑で2012年に拘束され、2014年に死刑判決が下されていた(詳細については「サウジアラビア:シーア派導師への死刑判決を受けて東部州でデモが発生」『中東かわら版』No.156(2014年10月16日)を参照)

 ニムル師への死刑執行に対しては、ハーメネイー最高指導者を始め、イランのあらゆる立場の人々がサウジに対して強い非難を表明した。欧米諸国からも、人道的な観点から死刑に反対するという立場の表明のほか、ニムル師への死刑執行は地域の宗派対立を煽りかねないという懸念が示された。

 1月3日には、イランにおいて、サウジによるニムル師への死刑執行に抗議する市民が暴徒化し、在テヘランのサウジ大使館、在マシュハドのサウジ領事館を襲撃した。暴徒は大使館内に侵入し、器物の損壊や放火を行った。襲撃時には館内に人はおらず、負傷者などは発生していない。暴徒は警察によって強制的に散会させられ、イラン政府は暴動行為を厳しく非難した。

 

評価

 サウジ・イラン間の国交の断絶を巡っては、近年の二国間関係の悪化を反映するものという見方もあるが、今回の騒動はやや性格を異にするものであろう。シリアやイラク、イエメンにおいて起きている両者の対立は、地域内での影響力を争う権力闘争としての色彩が強いものであり、国家の外交政策の根幹に関わるものである。他方、今回の騒動の発端となったのは、既に死刑判決が下されていた囚人に対する刑の執行であり、本質的には国内の行政プロセスの一環に過ぎない。さらには、ニムル師への死刑執行ばかりが着目され、宗派対立の懸念が各所で叫ばれているが、死刑が執行された47人のうち大半はスンナ派の過激派である。ニムル師への判決・執行が妥当であったかという問題はあるが、サウジ政府としてはテロに断固として対処するという方針を内外に示すことが主なねらいであり、イラン側を殊更に挑発する意図があったと見ることは難しい。

 他方、サウジ大使館の襲撃を巡っては、イラン国内でも議論が二分されている。保守派はサウジによる死刑執行が発端となっていることを強調しているが、改革派はいかなる理由でも大使館襲撃は認められないという立場だ。ロウハーニー大統領は暴徒による大使館襲撃は「正当化することはできない」と強く非難し、「イラン共和国は法的にも宗教的にも外交施設を保護しなければならない」と主張している。かつて、イラン革命直後には米国大使館占拠を正当化し、2011年の英国大使館襲撃では暴徒に対して寛容な態度をとったことと比べると、少なくとも今回のイラン政府は事件に対して誠実に対応しているといえよう。とはいえ、当時の襲撃事件によって英国・イラン間で相互に大使館を閉鎖するという事態に陥ったように、サウジ政府も今回の件でイランに妥協的な態度を示すことは困難であったと見られる。

 もっとも、この関係の悪化をサウジ・イラン間での直接的な戦争が発生するリスクが高まっているととるのは早計であろう。サウジ・イランは1988年にも国交を断絶したことがあるが、それは前年にイランの巡礼団が聖地マッカで治安部隊と衝突したことを契機とするものであった。1991年にオマーンの仲介で両者は国交を回復させているが、このときの紛争も主に外交レベルで処理されたのであり、軍事レベルでの緊張関係が高まったわけではなかった。昨年のマッカでの将棋倒し事故で多数のイラン人巡礼者が犠牲になったときにも両者の関係は険悪化したが、こうした感情的な対立が具体的な軍事行動につながる可能性は低いだろう。

 他方、東部州の治安情勢はより注視して見る必要がある。1月3日に東部州カティーフで発生した抗議運動は、警察との衝突により1人の犠牲者を出している。サウジ政府は装甲車などを展開して事態を沈静化させようとしているが、今後も犠牲者の発生が相次ぐようであれば、暴動が広範に拡大していく恐れもある。

(研究員 村上 拓哉)

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