中東かわら版

№136 イラク、シリア:「イスラーム国」の生態(“国家樹立”の失敗)

 2015年12月4日付『シャルク・ル・アウサト』紙は、「イスラーム国」が占拠した地域からトルコ方面へ脱出した者たちへの取材を基に、「イスラーム国」の「国家」の実態につき要旨以下の通り報じた。

  • ダイル・ザウル県の石油施設に勤務していた技術者は、「イスラーム国」から従来の月給150ドルの3倍の報酬を提示され、仕事を続けることにした。同人の月給は、後日675ドルに引き上げられた。石油施設操業のための技術者を確保できない「イスラーム国」は、この技術者が喫煙していても、通常の鞭打ちや罰金刑ではなく、口頭注意にとどめた。この技術者は、「イスラーム国」が処刑を繰り返すこと、同派が石油から得た収益を学校などを開設するために使わないこと、イラクの油田での勤務を強要されそうになったことを理由に逃亡した。この技術者は「イスラーム国」について、「彼らはアサド政権からの救済を欲していたと思っていたが、盗賊に過ぎないことがはっきりした」と述べた。
  • (空爆などの結果)「イスラーム国」の戦闘員の一部に対する給与が減額された。戦闘員の中には、秘かに役職を辞し、立ち去る者もいる。
  • 施設の維持管理状態が悪いため、重要なサービスが滞っている。また、石油密輸の収入が減少したため、「イスラーム国」は支配下の住民に繰り返し課税したり、手数料を徴収したりするようになった。
  • 「イスラーム国」への合流呼びかけは、現在もSNS上やイスラーム過激派の内輪で行われているが、現地では「イスラーム国」が科す様々な規制を嫌った住民の逃亡が相次いでいる。「イスラーム国」の振る舞いについて、多くの住民たちはイスラームを支援する行動というよりは組織犯罪ギャングに近いと論評している。
  • ダイル・ザウル市からトルコへ脱出した女性教諭は、「「イスラーム国」の許では音楽と美術が禁じられた。自分は活動家たちが集められて処刑されるのを見て、次は自分の番だと恐れて脱出した。彼らは新しい社会を作ろうとしたが、彼らの許には戦闘員しか残らなくなるだろう」と述べた。
  • 「イスラーム国」は当初から国家機構を建設するための専門家を集めようとしていたが、それは成功しなかった。「イスラーム国」は、石油施設の操業、電力網の補修、医療の提供などのための人員確保に苦労している。このため、「イスラーム国」がその職にふさわしくない者を任命することが多い。ある場所の医療サービス責任者には、建設労働者だった者が、油田の運営局長には商人だった者が任命された。
  • 「イスラーム国」がカリフの地での医療サービスについての広報の題材にしていたラッカの旧国立病院は、医師の多くが逃亡したため閉鎖された。また、「イスラーム国」が男性医師による女性への診療を禁じているため、某地区では女性を診療できる医師が一人もいなくなった。
  • 住民が逃亡する理由のひとつに、通常の租税に加えてザカートを取り立てられることが挙げられる。
  • 「イスラーム国」が人口の減少を食い止めようとするため、住民の逃亡は困難になっており、ある男性は家族10人の逃亡のため密航業者に一人当たり150ドルを支払った。
  • 天然ガス生産施設に勤務していた技術者は、当初同僚らと共に「イスラーム国」許で勤務を続けることを選んだ。しかし、現在は「イスラーム国」が「国家を樹立する」との約束を果たせなかったと考えている。この技術者は、「人民からの支持が重要であるが、過激派にはそれがない。彼らからは多くの甘言を聞かされたが、彼らは何一つ提供しなかった」と述べた。

評価

 今般の報道は、主にシリア領内の「イスラーム国」の占拠地域からの逃亡者を取材した記事と思われる。また、「イスラーム国」の残虐行為、不行跡、矛盾などについての報道は、同派のプロパガンダに対抗するキャンペーンの一角をなしうるため、「イスラーム国」の内情や実態についての情報の受容には注意が必要である。

 その一方で、この記事で注目すべき点は「イスラーム国」による「統治」を経験した者の証言として、「イスラーム国」による国家樹立の試みや「統治」が失敗に終わったと報じている点である。また、この記事は、「イスラーム国」が強力な地上戦力を持っているため、同派の崩壊が近いわけではないとしつつ、「イスラーム国」が現状打破や国際的な名声の維持のためにシナイ半島での旅客機撃墜やパリでの襲撃事件のような作戦に乗り出したとの見解を示している。最近の「イスラーム国」の動きをどのように分析するかはさておき、現在の「イスラーム国」は占拠している住民の民心を失っている、また、「イスラーム国」が苦境にあると考えるのならば支配下の住民との関係の破綻こそがその苦境の最大の原因であると考えるべき蓋然性は高いといえる。

 その一方で、この記事においては「イスラーム国」が敵対者がより弱体なリビアのような場所で新たな拠点を構築しようとしていると指摘している。「イスラーム国」対策の上では、イラク、シリア以外の場所での措置が必要であることを示す指摘として重要と思われる。

(イスラーム過激派モニター班)

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