中東かわら版

№133 シリア:ロシアによる高性能対空ミサイル配備とその影響

 ロシア軍は、11月24日にトルコ領空を侵犯したとしてトルコ軍機がロシアの爆撃機を撃墜した事件を受け、シリアのラタキア県にあるロシアの航空機の活動拠点に高性能の対空ミサイルS-400を配備した。11月30日付のレバノン紙『ナハール』によると、この対空ミサイルは、レーダーの探知距離が440km~600km、ミサイルの射程距離は200km、射高2万7000m、同時に探知可能な目的数は300、同時に攻撃可能な標的数は36となる。また、ステルス機の補足・撃墜も可能である。この記事は軍事専門家らの話として、S-400対空ミサイルが配備された影響を以下の通り分析している。

  • 配備された位置から、ミサイルはトルコの航空機に対して使用することを意図している。ヨルダンはシリア領内での軍事行動を行っていない。また、ロシアはイスラエルに説明した上でミサイルを配備している。連合軍の航空機についても、連合軍とロシアとの間には連携の体制が存在する。
  • ミサイルの配備は、シリアの戦場でのトルコの振る舞いに影響を与え、このことはシリア政府の利益になる可能性が高い。ミサイル配備後、トルコの航空機はシリア領内への侵入を控えるようになるであろう。また、航空攻撃からの防御手段を得たことによりシリア政府軍の活動が迅速になる。さらに、ロシア軍機がトルコから武装勢力への兵站路を攻撃することが容易になるため、トルコからの補給が絶たれることになろう。

評価

 トルコは、同国の国境に近いシリア領内に居住するトルクメン人の保護や、トルクメン人の武装勢力への援護として度々シリア軍機やヘリを攻撃すると共に、武装勢力に航空支援を与えてきた。また、アレッポ県北部の地域を「安全地帯」としてシリア軍機やロシア軍機を排除して、トルコが支援する武装勢力諸派の勢力範囲を確立しようと試みてきた。12月1日付のレバノン紙『サフィール』(親左翼、親アラブ民族主義)は、シリアに在住するトルクメン人の人口は20万人程度に過ぎず、トルクメン人だけで構成される武装勢力は存在しないと報じている。同紙によると、トルクメン系とされる武装勢力は、思想的傾向としてイスラーム過激派に近く、実際には「ヌスラ戦線」と行動を共にし、チェチェン、カフカスなどのアジア系をはじめとする外国人戦闘員の受け皿になっている。また、シリア領内でのトルクメン人の主な居住地は、現在は「イスラーム国」が占拠しているアレッポ県北部のミンバジュ、バーブ、アアザーズや、シリア政府の統治下にあるホムスやダマスカスであり、ロシア軍機撃墜の現場となったトルコとの国境地帯はトルクメン人の居住地としてはさほど重要な地域ではない。この点について『サフィール』紙は、トルクメン人保護を口実としてトルコがシリア領内に勢力・影響力を拡大しようと試みているとすら指摘している。

そうした中、シリア軍が保有するいかなる対空ミサイルよりも高性能なS-400が配備され、シリア領内の武装勢力の活動地域や「安全地帯」のみならず、トルコ領内の深部をも探知・射程の範囲に収めたことは、トルコによる武装勢力支援やシリア領に対する介入の選択肢を大幅に制限する可能性がある。また、ロシアはトルコの要人が「イスラーム国」が盗掘した石油を買い取っていることを示す資料を公開したり、「イスラーム国」へのヒト・モノ・カネなどの資源流入を阻止するために新たな安保理決議を準備したりするなど、これまで手ぬるさが目立ってきたトルコの「イスラーム国」対策に焦点を当てた圧力も強化している。

トルコがどのような意図や判断に基づいてロシア軍機を撃墜したかはさておき、パリでの襲撃事件後の「イスラーム国」対策のための国際的な協調機運の中、欧米諸国はトルコとロシアとの緊張緩和を志向しており、ロシアからの圧力でトルコの強力な後ろ盾となることは期待できないと思われる。この局面で、ロシア軍機撃墜事件の影響が、トルコがシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」などの武装勢力を支援している問題や、「イスラーム国」対策としての国境管理の強化の問題へと及ぶようであれば、シリア紛争に対するトルコ政府の政策は大幅な見直しを余儀なくされよう。そして、そのような見直しは、シリア政府を支援・強化することを通じて「イスラーム国」対策やシリア領内の秩序の回復を図るという、ロシア側の構想を実現する方向に作用することになろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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