中東かわら版

№129 イスラーム過激派:「イスラーム国」の生態:欧米諸国への攻撃予告とその脅威

 2015年11月18日~19日にかけて、「イスラーム国」の様々「州」がパリでの襲撃事件について論評し、アメリカをはじめとする欧米諸国に対して「攻撃予告」を行ったとされる動画を発表した。主な動画は以下の通りである。なお、番号は本稿を作成するために便宜的に付したものである。

番号

タイトル

製作者名義

1.

「本当にわれの軍勢は、必ず勝利を得るのである(クルアーン37章173節)」

フラート州

2.

「次はもっとすごい」

ホムス州

3.

「ローマの前にパリ」

デジュラ州

4.

「やがてこれらの人々は敗れ去り、逃げ去るであろう(クルアーン55章45節)」

バラカ州

 

 19日に各種報道機関が「ニューヨークへの攻撃を示唆する」として速報した動画は、1.である。また、2.はホワイトハウス、ビッグ・ベン、エッフェル塔を今後の攻撃対象として言及する箇所を含んでいる上、「ローマの前にパリ」との字幕もあり、3.と同様にローマへの攻撃の可能性を意識させる作品である。4.はシリア東部のハサカ県で、アメリカなどが「民主シリア軍」を編成して「イスラーム国」に反応して、アメリカを脅迫する内容を含んでいる。

評価

  動画の発信頻度や内容だけを見れば、「イスラーム国」がパリでの襲撃事件を実行し、今後も欧米諸国を積極的に攻撃すると予告しているかのように見える。しかし、既に「中東かわら版 No.126」で指摘したとおり、今般の諸動画の製作者はイラクとシリアにおける「イスラーム国」の地方組織であり、登場人物はいずれも各々の地方組織の末端の構成員と思われる。そして、これらの主体がパリでの襲撃事件についての重要な情報を知りうる立場にないこと、「イスラーム国」を代表して組織の方針や見解を示す立場にないことは明らかである。特に動画1.で「ニューヨークへの攻撃を示唆」したとされる場面は、既に2015年4月半ばに「ハヤート広報センター」名義で発表された歌(ナシード)の動画をそのまま転用した動画であり、攻撃の予告や示唆というよりは、パリでの襲撃事件後に俄かに高揚した「欧米に対する「イスラーム国」の脅威」についての感情に便乗するために既存の素材を再利用した急造の動画といったほうが良いだろう。また、2.3.4.についても、パリの襲撃事件についての映像、登場人物が弄する言辞の中に共通するところが多い。そして、襲撃の意図や原因については、報道機関が繰り返し報じたフランスによる「イスラーム国」への空爆への非難を繰り返すのみで、「イスラーム国」としての意志はおろか、製作者や登場人物の個性すら感じられない内容であった。この点から、一連の動画はパリでの襲撃事件に乗じて広報効果を上げるため、一定の製作方針の下で製作された急造の作品群と考えることができる。

画像1:2015年4月に出回った動画の爆弾ベルト装着場面。

 画像2:この度出回った「フラート州」の動画の爆弾ベルト装着場面。下部の字幕、右上の製作者のロゴ、そして音声は異なるが、動画そのものは1.の使い回しである。

 パリでの襲撃事件が大きな反響を呼んでいるため、現在は多くの報道機関が「イスラーム国」が発信するメッセージ、その中でも特に欧米諸国に敵意を示す内容のものをいち早く見つけ出し、速報しようと努めている。しかし、今般の「フラート州」が製作した動画に代表されるように、実際には「イスラーム国」への報道機関の注目に便乗し、最小限の時間と労力で最大限の広報効果を上げようとしている粗雑な作業の積み重ねに過ぎない。こうした作品に、報道機関や公的機関が過剰な反応を示すことには慎重たるべきだろう。末端の構成員の言葉といえども、これに共鳴して行動を起こす者や影響を受ける者がいることに鑑みれば、動画の中で欧米諸国の国名が挙げられていることは無視すべきものではない。その一方で、これらの動画は「指令」や「予告」とみなすべきものとは言い難い。実際、これまでの「イスラーム国」の広報の中では、アイスランド、エストニア、コソボをも含む世界の多くの国々の名前が挙がっており、どのような場合でも後付的に「予告があった」と解釈することが可能な状態にある。「イスラーム国」のような団体が発信するメッセージを監視することは極めて重要であるが、メッセージへの反応の仕方によってはかえって「イスラーム国」の勢力拡大に手を貸す結果となりかねないのである。

(イスラーム過激派モニター班)

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