中東かわら版

№128 エジプト:シナイ半島で航空機墜落 #3

 11月17日、ロシア連邦保安局のボルトニコフ長官は、10月31日にシナイ半島で墜落した露旅客機は、機内に持ち込まれたTNT火薬1キロ相当の手製の爆発物が上空で爆発した結果、機体が破壊されたとプーチン大統領に報告し、同事件はテロ攻撃であったと断定した。同報告を受けたプーチン大統領は、犯人を「地球のどこにいようと見つけ、処罰する」と述べ、今回の事件の首謀者に対する断固たる報復姿勢を示した。他方、エジプト政府は、ロシア当局から上記の捜査情報について報告を受けていないとし、ロシアの捜査結果を考慮するがあらゆる墜落原因を検討する必要があり、現時点でテロ事件と断定できないとの立場を改めて表明した。

 同事件については、事件当日に「イスラーム国」の「シナイ州」が犯行声明を発表し、その後、改めて自派が撃墜したことを強調する音声声明を追加発信した(11月4日)。通常、「イスラーム国」は犯行が自派のものであることを証明するために、実行犯の情報や撃墜の方法など作戦過程を示す画像や動画を発表するが、露機撃墜に関するいずれの声明も、「シナイ州」が実行したことを証明する決定的な証拠は示されなかった。

 こうした中、11月18日、「イスラーム国」の機関誌『ダービク』12号がインターネット上で発表され、「イスラーム国」のムジャーヒドゥーンが露機を撃墜したことを示すためとされる以下の画像が掲載された。また、露機撃墜の理由と過程について以下の通り書かれていた。

  • ロシアは、シャームのムスリムに対するヌサイリー暴君(アサド体制)の戦争を長年支援した挙句、2015年9月30日、空軍力による直接参戦を決定した。
  • 我々はシャルム・シャイフ空港のセキュリティー体制を潜り抜ける方法を発見し、米国主導の対イスラーム国西側連合の一国の航空機を打ち落とすことを決意したが、標的を露機に変更した。
  • 爆弾は飛行機内に密かに持ち込まれ、ロシアの浅い考えの決定からたった1カ月後、ロシア人219名と他十字軍5名を死に至らしめた。

画像:『ダービク』12号、3頁より。左=ムジャーヒドゥーンが入手したと主張する、墜落で死亡したロシア人のパスポート。右=露機撃墜に使用されたとされる手製爆弾。

評価

 事件が発生してから、アメリカやイギリスなどの諜報機関は傍受した情報から爆弾の可能性を言及していたが、エジプトとロシアは事件の捜査が完了する前に憶測で発言すべきではないとテロの可能性について否定的だった。しかし、ロシア政府がテロ事件と断定したことで、エジプト当局の出方に注目が集まっている。『ダービク』12号ではムジャーヒドゥーンが露機を撃墜したと改めて主張されているが、左画像は、治安当局が即座に駆けつけたはずの事故直後現場で彼らがどのようにこの写真を撮影したのかという疑問を抱かせるし、右画像については、この手製爆弾が露当局が指摘した「TNT火薬1kg相当の爆発力」をもつのかどうか不明である。よって、『ダービク』の画像と文章は「シナイ州」の犯行と断定できる材料になりえていない。

 しかしながら、テロ事件との見方が固まりつつある状況に鑑みると、今回の事件はエジプト経済への大打撃となるだろう。エジプト経済は観光収入、スエズ運河通行料、海外の出稼ぎ労働者からの送金に大きく依存しており、観光収入は2011年の政変以来、復活の兆しを見せていない。こうした中でも、シナイ半島のシャルム・シェイフは継続的に外国人観光客の訪問がある数少ない場所であり、エジプト観光業の収入源を成していた。そこに今回の事件が発生し、エジプトの治安対策、特に観光地の治安対策の不備が露呈したため、エジプト観光業及び治安対策への国際的な不信感は高まらざるを得ない。

 また、シーシー政権への信頼感にも影響が及ぶことが考えられる。シーシー政権は「テロリスト」ムスリム同胞団政権をクーデターで追放し、テロとの戦いを掲げて2年以上シナイ半島で軍事作戦を続けている。テロリストの殺害人数、アジトの破壊件数、押収した武器の種類等、毎日のように戦果を発表し、シナイ半島は軍が完全にコントロールしたとまで言い切っていたところ、今回の事件が発生した。シーシー政権の正統性は国内の治安の安定化に依拠する以上、エジプト世論が今回の事件で政府に対する見方をどのように変えるのか、または変えないのか注目される。

 エジプト当局はテロ事件との見方を示していないが、空港のセキュリティー体制の見直しは勿論のこと、全土でのイスラーム過激派の取締り、特にシナイ半島全体での掃討作戦を強化し、軍と過激派の軍事衝突は続くだろう。イスラーム過激派にとっては事件を起こして社会に恐怖を広めることこそが狙いだが、むしろ過激派の支持者を減らす効果もありうる。事件を起こすことで当地への観光客数は激減し、地元民の収入も減少する。地元の過激派支持者は事件を称賛するものの、実は事件が自身を含む地元住民の生活を苦しめる結果をもたらすため、地元住民と過激派との関係は悪化し、次第に過激派への支持をとりやめる可能性がある。そうなると、過激派が獲得したい人的・物的資源が供給不足に陥り、過激派の活動活発化が自らの首を絞めるという結果をももたらしうるのである。

(イスラーム過激派モニター班)

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