中東かわら版

№103 サウジアラビア:カティーフでシーア派のモスク襲撃

2015年10月16日、カティーフ地方のハムザ・モスクが襲撃され、同モスクで礼拝を終えた5名が殺害された。事件について、「イスラーム国 バハレーン州」名義の犯行声明が出回った。声明は、「シュジャーウ・ドゥースリーが多神崇拝者ラーフィダ(=シーア派の蔑称)の神殿のひとつをカラシニコフで襲撃した」と主張すると共に、多神崇拝者はアラビア半島で安全ではいられないと脅迫した。また、12日には「イスラーム国 ナジュド州」名義で多神崇拝者であるラーフィダを非難し、彼らをアラビア半島から追い出すよう扇動する演説者不明の音声ファイルが出回っている。

画像:「イスラーム国 バハレーン州」が発表した犯行声明。

評価

2015年5月以降、サウジアラビアやクウェイトでもシーア派のモスクなどを狙った自爆攻撃が発生し、「イスラーム国 ナジュド州」名義で犯行声明が出回っている。しかし、「ナジュド」とは本来アラビア半島内陸部の地域の地名であり、東部の沿岸部での事件について「ナジュド州」名義の声明が出回ることに違和感があった。今般の声明では初めて「バハレーン州」との名義が用いられた。この場合、バハレーンとは現在のバハレーン王国だけでなく、イラクのバスラからクウェイトを経てカタルに至るまでのアラビア半島東岸の地域の大半を指す歴史的な用法に従ったものであろう。今般の声明やそれに先立って出回った音声ファイルでは、シーア派に対する敵意が強調されているが、2015年10月23日がイスラーム暦のムハッラム月10日に相当する点に注意が必要である。この日は、シーア派がイスラーム共同体の指導者として崇めるフサインが殉教したことを悼む「アーシューラー」の祭日にあたり、「イスラーム国」などが祝祭を攻撃する可能性が考えられるからだ。

一方、サウジをはじめとするアラビア半島の産油国が「イスラーム国」にとってヒト・モノ・カネなどの資源の調達地であるという事実に鑑みれば、彼らがアラビア半島諸国で組織的な作戦行動を起こすことは資源の調達機能を著しく損ないかねない不合理な行動である。にも拘らず、攻撃と「犯行声明」の発表が繰り返される理由としては、以下の可能性が考えられる。

  1. アラビア半島で攻撃を起こす者たちは、資源の調達に関する「イスラーム国」の利害関係が理解できない、或いはそうした利害よりも攻撃実行を優先する者たちである。「イスラーム国」は広報上シーア派やサウジの王家に対する非難や敵意の表明をしているため、攻撃をしないようにとの指示や事件との関与の否定を明示的に発信することができない。
  2. 「イスラーム国」や攻撃実行者たちは、攻撃対象がシーア派に限られるのならばアラビア半島諸国での活動が支持されたり、現地の政府から黙認されたりするとの予断を持っている。しかし、この可能性については「ナジュド州」や「ヒジャーズ州」名義でサウジの官憲を襲撃したとの声明が出回っているためあまり現実的ではない。また、サウジ国内でシーア派を敵視する政治的・宗派的言辞が横行しているとしても、サウジ政府が自国内での治安の悪化や王家に対する挑戦を看過することも考えにくい。
  3. 「イスラーム国」としてはアラビア半島諸国での作戦行動が、アラビア半島での同派の存在を危うくすることは承知しているが、これはアラビア半島に在住する構成員や支持者に、イラクやシリアの「カリフ国」への移住を促すためのショック療法的な行為である。

 イラクやシリアでの「統治」が破綻しつつある「イスラーム国」の現状から考えると、アラビア半島をはじめとする外部からの資源供給の重要性は2014年の時点よりも高まっていると思われる。それ故、「イスラーム国」がアラビア半島を含む世界各地で資源の調達網を守ることと、「イスラーム国」が世界に拡大しているとの広報を通じて新たな資源調達の経路を開拓することのいずれを重視するのかが、今後の展開を左右する要因となろう。いずれにせよ、「イスラーム国」対策では同派が世界各地でほとんど障害のない状態で資源を調達しているという現実にいかに対処するかが鍵になる。

(イスラーム過激派モニター班)

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