中東かわら版

№99 イスラーム過激派:トルコでの爆破事件と「イスラーム国」

 2015年10月10日、トルコのアンカラでクルドの左派勢力が行っていたデモに対する爆破事件が発生、95名が死亡した。トルコでは7月にシリアと国境を接するスルチでクルド人の集会に対する爆破事件が発生したが、その際トルコ政府は事件を「イスラーム国」の犯行と断定、「イスラーム国」対策のための連合軍に参加し、爆撃やアメリカ軍機がトルコ領内の空港を使用することを認めるなどの措置をとった。しかし、実際にはスルチでの爆破事件後にトルコ政府が取った対応は、国内の反政府勢力であるクルディスタン労働者党(PKK)に対する爆撃・戦闘や、PKK関係者の逮捕が中心であり、「イスラーム国」に対する取り締まりは本格化していない。

 また、「イスラーム国」は7月の事件についても、今般の事件についても「犯行声明」を発表していない。「イスラーム国」は、トルコ語の機関誌『コンスタンチノープル』を発行するなどトルコ語話者を対象とした広報活動を行っている上、9月に刊行した英字誌『ダービク』でトルコを「十字軍連合」として名指ししている。

評価

 「イスラーム国」はなぜトルコでの事件についてほとんど論評しないのか、という点が一連の事件に関する疑問であろう。この疑問は、「イスラーム国」にとってトルコがどのように位置づけられるのか、という問いに帰着する。現在、「イスラーム国」にはイラクやシリアで占拠する地域からの住民の逃亡や住民との関係悪化という問題が生じていることを示す事象や報道が増加している。そもそも、「イスラーム国」による「統治」は、地元の住民にとって現世的な見返りを期待できない収奪か再生産のための投資が過少な状態に過ぎない。「イスラーム国」にとってトルコは、盗掘した天然資源や文化財の販売先や、アラブ諸国やEU諸国から流入するヒト、モノ、カネなどの資源の経由地となる大動脈のような存在であろう。従って、「イスラーム国」には資源を調達するための相当強力な組織やネットワークがトルコ領内に存在すると考えることが可能になる一方で、こうした力をトルコ政府に対する攻撃に用いることは資源調達の経路を壊滅させかねない不合理な選択と言える。

 もっとも、「イスラーム国」は上記の機関誌でトルコを敵対者と認識する記事を掲載している。また、7月末にはエルドアン大統領を非難し、トルコ軍の将兵に悔悟を呼びかける扇動動画を発表しているため、「イスラーム国」がトルコに対して友好的である、または無関心であるとの態度をとっているわけでもない。また、「イスラーム国」にとっては最重要の資源調達地のひとつであるアラビア半島において、「ナジュド州」や「ヒジャーズ州」を名乗って破壊活動を行っている例もある。このため、「イスラーム国」やその支持者の間で「シーア派やクルド人を攻撃している限り、各国政府は自分たちの行動を黙認する」ような、特異な状況認識がはぐくまれている可能性も否定できない。

 その一方で、7月以来トルコが「イスラーム国」対策を口実にPKKに対する攻撃や国内のクルド勢力に対する抑圧を強化している状態は、実は「イスラーム国」にとって歓迎すべきことである。なぜなら、「イスラーム国」はシリア北部、北東部で交戦しているクルド勢力の「民主統一党」(PYD)とその軍事部門である「人民防衛隊」(YPG)をPKKと認識しており、彼らに対する戦果を発表する声明でも、多くの場合PKKとの呼称を用いている。「イスラーム国」の広報活動を巡る状況は、声明が出た=必ず「イスラーム国」の犯行である、或いは、声明が出ない=絶対に「イスラーム国」の犯行ではないと断言できるほど単純ではない。しかし、「イスラーム国」のような政治行動としてテロリズムを採用する主体が戦果を敵対者に対する脅迫や自らの主張を世に知らしめるための材料として用いないことは、作戦の価値を低下させる行動である。期間をおいて機関誌で論評する可能性も考えられるが、「犯行声明」を発表するよりも広報効果は相当落ちるだろう。また、「イスラーム国」が今般のような事件を自らにとって不利に作用すると考えた場合、事件との関与を否定する声明を発表することも可能なはずである。

 現時点で、10日の爆破事件を「イスラーム国」の犯行であると推定する材料は乏しく、トルコ政府もそのように考えるに値する捜査情報を発表しているわけではない。今般の事件がどのような性質のものかを判断するかは、同種の事件が繰り返される、「イスラーム国」が明示的にトルコを攻撃すると宣言するなどの展開があるか、或いはトルコの軍・警察の攻撃や取締りがPKKではなく「イスラーム国」に向けられるかなどの事態の推移によって左右されるだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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