中東かわら版

№98 チュニジア:「カルテット」にノーベル平和賞

 10月16日、ノルウェーのノーベル賞委員会は、2015年のノーベル平和賞をチュニジアの民主化移行に貢献した「カルテット」に授与すると発表した。カルテットとはチュニジア労働総連盟(UGTT)、チュニジア貿易産業手工業連合(UTICA)、弁護士協会、チュニジア人権連盟(LTDH)から成る市民社会4団体で、革命後の体制移行期にイスラーム主義者と世俗派の対立が深刻化していたとき、政治勢力間の対話を仲介・促進した。ノーベル賞委員会は授与決定の理由として、政治的暗殺や社会不安の拡大によって民主化過程が危機に瀕していた2013年に、平和的な政治過程の道を作り、多元主義に基づく民主主義の構築に決定的に貢献したことを指摘した。また同委員会は、今年の平和賞がチュニジアの民主主義の保全に貢献すること、また中東その他で平和と民主主義を希求するすべての人々へのインスピレーションとなるよう望んでいる、との言葉も付け加えた。

 カルテットを構成する市民団体からは、平和賞はカルテットだけが受賞したのではなく全てのチュニジア人への賞であり、対話と合意こそが紛争解決の方法であることを示したとの受賞メッセージが発表された。シブシー大統領からも同様の祝福メッセージが発出された。主要国首脳や諸国際機関からも、カルテットの受賞は、チュニジアが対話という平和的方法によって対立を乗り越え、民主主義への移行を成功させたことの証しであるとのメッセージが寄せられた。

 

評価

 ノーベル賞委員会がカルテットに平和賞を授与した理由は、上記のとおり、暴力的対立によって民主化が危ぶまれたチュニジアにおいて、カルテットが対立する諸政治勢力の仲介役となり、対話と合意による民主体制の構築に大きく寄与したためである。

 以下の図は、チュニジアの移行過程を示したものである。ベン・アリー政権崩壊後、治安機構の弱体化に加えて、イスラーム主義勢力の政治活動再開による「イスラーム主義対世俗主義」の対立が深刻化し、抗議行動、ストライキ、暴力事件が増加した。この対立の中心には、革命後の政権を担ったイスラーム主義のナフダ党とそれに反対する世俗勢力が存在し、両者は互いに批判し合い、民衆に相手方に対する抗議行動を呼びかけ、ナフダ党と世俗政党の連立政権(ジバーリー、アリード内閣)は辞任に追い込まれた。2013年には世俗左派の政治家2人がサラフィー主義者に暗殺されたことで、ナフダ陣営と世俗派陣営の罵り合いはさらに悪化し、ここでチュニジア労働総連盟(UGTT)が仲裁に入った。2013年8月、UGTTをはじめとする4つの市民社会団体=「カルテット」が、ナフダ党と世俗勢力に挙国一致内閣の結成と新政権樹立に向けた選挙の実施で合意させることに成功し、ときに対話は決裂の危機に瀕しながらも、2015年1月に移行過程を終了した。興味深いことに、チュニジアの移行過程が暴力的対立から対話へと方向転換した時期(2013年8月)は、エジプトでは暴力的対立からクーデターの発生、軍によるムスリム同胞団への一斉弾圧が開始された時期と重なる。ナフダ党やその支持勢力がエジプトのムスリム同胞団政権を支持しつつも、しだいに対話路線へと方向転換したのは、エジプトでの出来事がチュニジアの政治勢力に平和的対話を選択させる一つの要因になったとも考えられる。

 

【チュニジアの移行過程】

 いわゆる「アラブの春」において政権が崩壊した国々(チュニジア、エジプト、リビア、イエメン)のなかで、チュニジアだけが権威主義体制から民主体制への移行を完了し、その他は内戦やクーデターによって民主化は失敗している。チュニジアが「アラブの春」における唯一の成功例であることは事実だが、民主化は民主体制という制度的枠組みが完成すれば安泰という現象ではない。これまで世界の諸地域でみられた民主化現象において、民主的憲法が成立し、自由な選挙が行われても、その後の政治対立により民主体制が崩壊する事例は数多く存在してきた。実際に、エジプトがそうである。チュニジアは民主体制への移行を完了したばかりの生まれたばかりの民主主義国である。新生民主主義国には、民主主義を支持する人々だけでなくこれに反対する者、どちらでもない者が混在し、移行直後は体制の基盤が不安定な時期である。チュニジア国内でたびたび発生するイスラーム過激派によるテロ事件や「イスラーム国」支持者の存在が、チュニジアにも民主主義に反対する人々が国内に存在することを示している。今年3月には、過激派がチュニスのバルドー博物館を襲撃する事件が発生し、日本人観光客も犠牲となった。つまり、国民全体、あらゆる政治勢力が民主主義を支持し、民主的な政治運営が通常の状態になるまで、チュニジアでは民主化の努力が必要なのである。ノーベル賞委員会が、カルテットへの平和賞がチュニジアの民主主義の保全に役立つよう望むと述べたように、今回の平和賞授与には、カルテットの功績への称賛だけでなく、受賞によってチュニジア国内に民主主義が根付くことを望むという政治的意図も含まれている。

 今後、チュニジアの民主化を不安定化する要因として最も考えられるのは、イスラーム過激派による暴力事件であろう。大規模なテロ事件が発生すれば、政府が情報統制や過激派対策の名目で政治的自由を制限する可能性も否定できない。そこで2つの問題がチュニジア政府と国際社会の課題となる。第一に、チュニジアのイスラーム過激派に勧誘され、ジハード戦闘員となる者は、現在の政治過程に不満をもつ若者層であるということである。「革命」は、若者層が自己実現を可能とする自由や機会を求めてもたらされたが、政治過程の混乱、政治エリートによる政治の独占、経済の低迷によって、若者の状況は何ら改善していない。こうした不満が一部の若者をイスラーム過激派の勧誘に脆弱な状況にしている。よってチュニジア政府においては雇用機会の拡大や投資環境の改善が急務となる。第二に、チュニジアのイスラーム過激派は隣国との国境を越えて活動するアクターであることを踏まえると、国際社会は北アフリカ地域の治安対策・紛争解決により真剣に取り組むべきである。特にリビアからチュニジアのイスラーム過激派への人的・物的資源の流入は深刻で、リビアの和平交渉の帰結がチュニジア政治やその他隣国に影響を及ぼす可能性は高い。北アフリカ情勢が欧州諸国への移民・難民の波の要因にもなっていることを考えれば、国際社会は喫緊の課題として北アフリカの治安対策を捉えるべきである。それがチュニジアの民主化の進展にも繋がるであろう。

(研究員 金谷 美紗)

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