中東かわら版

№95 イラク、シリア:「イスラーム国」の生態:「イスラーム国」支配下での暮らし

 2015年10月2日付『シャルク・ル・アウサト』紙(サウジ資本)は、「イスラーム国」が占拠するイラク、シリアでの生活を経験した地元民12名以上を対象に聞き取りを行ったとして、「イスラーム国」が占拠する地域での日常生活について要旨以下の通り報じた。

  •  外国人戦闘員とその家族には、住居、医療、宗教教育、宅配給食が無償で提供される。宅配給食の調理場では、外国人女性が働いている。
  • 「イスラーム国」の支配下では、同派による恐怖支配や蛮行にとどまらず、生活必需品の深刻な不足にも見舞われている。証言者らが住む地域の大半では、一日当たり1~2時間しか電力が供給されない。一部の家では、全く水道水の供給がない。食品は、3倍以上に高騰した。
  • 「イスラーム国」はシリア政府やイラク政府と比べ、腐敗の程度が少なく、公共サービスの能力も高いように思われる。その一方で、証言した者の中で「イスラーム国」への支持を表明した者は皆無だった。
  • 「イスラーム国」により、イラク、シリアでの社会資本や公共財の破壊が激化した。
  • 証言をした者の全てが、最低1回は打ち首やその他の野蛮な刑罰を目撃した。
  • 「イスラーム国」による占拠した地域の運営は場所によってまちまちである。その一方で、女性の処遇、医療、教育、司法、経済の面で共通点がある。
  • 女性には、ニカーブの着用が義務付けられる。また、親族の男性が同伴しないで外出すると、彼女たちは鞭打ち刑に処される。女性たちの多くは自宅に引きこもっているが、それは彼女たちが「イスラーム国」に拉致されて外国人戦闘員との結婚を強要されることを恐れているからだ。
  • 「イスラーム国」が運営する病院では、イギリスやマレーシアから来た医師たちが勤務している。これらの病院は、通常外国人戦闘員の治療しかしない。地元の住民は劣悪な設備、使用期間切れの薬剤、経験不足の職員による医療施設に頼らざるを得ない。
  • 一部地域では、携帯端末とインターネットの回線が封鎖されている。インターネットの使用が可能な地域でも、「イスラーム国」が通信を監視している。
  • 学校はほとんどが閉鎖された。例外は、外国人戦闘員の子供たち向けの宗教学校である。「イスラーム国」の者たちは、学位記を集めて公開の場で焼却した。
  • 「イスラーム国」は住民の逃亡を防止するため、検問所を設置している。ただし、密輸業者のネットワークが発達しており、これが住民の逃亡を支援している。「イスラーム国」が占拠した地域からヨルダン、トルコ、レバノンやイラク各地へ逃亡する者は増加している。国連の当局者によると、シリアからヨルダンに流入する難民の6割が「イスラーム国」が占拠した地域からの逃亡者である。
  • イラク、シリアでは、「イスラーム国」の戦闘員となったり、教員、「政府機関」の職員になったりする者が多数いる。しかし、そうした者の殆どは生活の糧を得るためにやむなくそうしているに過ぎず、職もなく、食品が高騰する中では「イスラーム国」の戦闘員となって給与をもらう以外に術がない。
  • アラブ人の戦闘員は地元住民と接しようとするが、ヨーロッパ人やその他の非アラブ人はそのようなことを全くしない。「イスラーム国」の戦闘員はムスリムにより良い生活を与えるために来たと主張するが、実際には他の武装勢力や政府軍との戦闘に熱中し、地元民に対し常時敵対的である。彼らは戦闘のために来たのであって、統治のために来たのではない。

 

評価

この記事の執筆者は、比較的少数者に対する聞き取りに基づくため、証言の内容が「イスラーム国」の支配下の暮らしの全てを表すものではなく、証言内容の裏づけも不可能だとことわっている。また、サウジ資本という『シャルク・ル・アウサト』紙の性質上、シリア政府やイラク政府に好意的な証言が取り上げられる可能性も低い。そのため、この記事の内容が「イスラーム国」の実態を正確に反映しているとは限らない。しかし、「イスラーム国」での暮らしについては2014年以降多数の報道や証言があり、それらと比較すると以下の点が注目点として挙げられる。

  • 当初は食品は十分供給されているとの報道もあったが、現在は不足や価格の高騰が生じる状況にある。
  • 「イスラーム国」は外国人の構成員に手厚い福利厚生を提供する一方で、地元住民は専ら搾取や脅迫の対象となっている。また、検問所は住民の逃亡防止や、酒・タバコなどの嗜好品の摘発のために設置されており、「イスラーム国」の暴力も地元民を圧迫するために用いられている。もはや、「イスラーム国」の構成員をシリア政府やイラク政府の圧政から地元民を救ったり、ムスリムとしてよく生きるたりするためにやってきた「義勇兵」とみなすことはできない。
  • 「イスラーム国」に協力したり、戦闘員として加わったりする地元民は、生活の糧がないためやむなくそうしているだけに過ぎない。「同じスンナ派の」「イスラーム国」はシリア政府、イラク政府の統治よりも好ましいと考えて自発的に同派を支持する声は、この記事からは全く感じられない。

 今般取り上げた記事に掲載された住民らの証言によると、「イスラーム国」は今やムスリムを助けたり彼らに奉仕したりする存在ではなく、同じムスリムであるはずの地元の住民から搾取し、彼らを圧迫するだけの存在になっている。これは、この記事だけでなく「イスラーム国」の内情に触れた記事や書物の大半と共通である。従って、「イスラーム国」が関与する紛争を宗派紛争とみなし、宗派的な理由で同派に一定の支持が集まるとする解釈や、「イスラーム国」の広報活動で紹介される戦闘員たちの善行や地元民とのふれあいを事実として認めるような受け止めかたは、現在では通用しないものとなっていると言えよう。

(イスラーム過激派モニター班)

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