中東かわら版

№22 イスラエル:天然ガス施設防衛のための軍艦4隻購入で合意

 

 

 5月12日は、イスラエルとドイツの外交樹立50周年記念日にあたる。リブリン大統領は、独国を訪問して各種記念行事に出席した。記念日の前日の11日、イスラエルを訪問していた独国のウルズラ・フォンデアライエン国防相とヤアロン国防相は、独国がイスラエル海軍に4隻の艦艇を建造する契約に署名した。同艦艇の購入については過去2年間にわたり両国間で交渉が行われていた。2014年12月下旬には、空軍パイロット学校の卒業式に出席したネタニヤフ首相が、同4隻の購入を発表し、独国政府に謝意を表明していた。4隻の軍艦の建設費は4億8000万ドルで、独国が3分の1近くを援助する。独国のウルズラ・フォンデアライエン国防相は、同国がイスラエルほど密な軍事関係を持つ国はほかにないと述べている。艦艇の供与は5年以内の予定と報道されている。イスラエル海軍は、新たに購入する4隻の艦艇について、天然ガスの海上施設の防衛に使用する予定である。

 

評価

 イスラエル軍の主力は空軍と陸軍で、海軍は脇役的存在だった。2014年時点では、現役の正規軍17.7万人の中で海軍兵力は9500人(陸軍13.3万人、空軍3.4万人)にすぎず、軍艦数は61隻である。海軍の主体任務は、沿岸警備や領海警備だった。今回独国と合意した4隻の艦艇の任務は、海上の天然ガス施設及びイスラエルの経済水域の防衛で、海軍は、戦略的経済資産の防衛という新たな役割を担うことになる。そのことは、今後イスラエル海軍の活動範囲が沖合100キロ以上の海域に拡大することを意味する。

 1990年代の末にイスラエル沖合の深海で発見された天然ガスの採掘は、2000年代に開始された。中小ガス田からの生産開始後、2013年春からは2つある巨大ガス田の1つであるタミール・ガス田からの生産が開始された。ガス生産が拡大するに従い、イスラエル経済にとっての天然ガスの重要性が増大したが、イスラエル海軍には、海上の天然ガス施設及び周辺の広大な海域を防御する十分な装備がないことが問題視されるようになった。2014年夏には、ガザのハマースが、海上施設に向けてロケット弾を発射したと発表したが、イスラエル軍は、レバノンのヒズブッラーによる海上の天然ガス施設攻撃をより深刻に懸念している。今回4隻の艦艇を発注しても納品完了は5年後であり、艦艇への電子機材の据付や運用訓練の時間を考えれば、イスラエル海軍は当面は現在の装備で海上施設を防衛するしかない状況は変わらない。

 近い将来、イスラエル海軍が、海上の天然ガス施設を含む海での防衛体制を強化するようになると近隣諸国との領海・排他的経済水域(EEZ)をめぐる問題や公海の安全維持など海をめぐる新たな問題・軋轢が生まれるかもしれない。イスラエル・レバノン間ではまだ陸の国境線が画定しておらず、領海の境界線も未画定である。両国の主張するEEZは一部重なっているが、イスラエルは今のところ、イスラエルのEEZになるのが確実視される地域で開発を進めている。キプロスとイスラエルの関係は良好で、両国はEEZの線引きで合意している。まだ生産を開始していないイスラエル最大のガス田リバイアサンは、キプロスのほうが近く、キプロス側にガス施設を共同で建設する議論さえ進めている。一方トルコは、キプロスのEEZ内での海底資源開発を歓迎しているが、同国は北キプロスも開発に参加させるべきだと主張している。そのため、今後イスラエルがキプロスと共同で海底資源の開発を進める過程でトルコとイスラエルの軋轢が強まるかもしれない。2010年5月末、ガザに向かっていた複数の支援船をイスラエル軍が拿捕した際、トルコ人乗員9人が死亡する事件が起きた。トルコは公海上でのイスラエル軍のトルコ船襲撃を海賊行為だと激しく非難し、両国はいまだ和解に至っていない。海をめぐるトルコとイスラエルの対立は、すでに発生していると言えるかもしれない。今までのところ、イスラエル沖合いの天然ガス開発に直接関連する形で大きな事件や衝突は起きていないが、今後、東地中海で海洋権益などをめぐる軋轢や問題が生まれないか、あるいは今潜在している対立が表面化しないかを注視する必要があるだろう。

 今回契約された4隻の艦艇を建造するドイツのティッセンクルップ・マリン・システムズ社は、イスラエルの潜水艦も建造している。イスラエルは潜水艦6隻を注文しており、2014年までに4隻が引き渡されている。4隻目の潜水艦は2015年春には運用体制に入ると報道されている。今回の独国の際、リブリン大統領は、建造を終えイスラエル海軍の兵士が訓練を開始している5隻目の潜水艦を視察している。イスラエルの潜水艦部隊の任務については、明らかにされていない。潜水艦には巡航ミサイルが搭載されており、イスラエルが核攻撃を受けた場合、報復核攻撃を行なうとの憶測が時々取り沙汰されている。同潜水艦建造でも独国政府が財政支援をしている。

(中島主席研究員 中島 勇)

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